研究を次の世代に伝えることについて
某Xでとある人が下記のことを言っていました。

誰とは書きません。オープンレター粛清をされたくないんでね。
何言ってんだろって話なんですよねこっちからしたら。
土壌とか畑を整えるのってまあ大事ですよ。それはわかります。
ただね、こういうこと言えるのってある程度余裕のある分野の人だけちゃうかなって思ってたりしてます。某グループの一つだけの花のことではないですが、あれも結局みんなそれぞれ良いよねって話に解釈されてますけど、見てみると咲いた花を評価してるわけですよ。結局土壌だのなんだのってありますけど、ある程度咲かさないと意味ないんすよね。
花がないと種もできんわけですよ。土壌だけ耕してても種なかったら休耕田になってしまうわけで。
だからどの分野でも花をそれっぽく咲かせるのは大事なわけですよ。
この人の分野は英米文学ですけど、いくらでも人がいるわけです。興味を持つ人も山のようにいる。こっちの分野はそうではなくて、今にも絶学になってしまいそうなわけです。それをなんとかしたいんですが、まあなかなかうまく行かないわけで。
うちの分野で博士号を取れるところかつ道教の人がいる博士課程を持っている大学を見てみると下記ぐらいなんですよね。
東京大学、早稲田大学、熊本県立大学、皇學館大学、関西大学、大阪公立大学、国際基督教大学、立教大学
うち熊本県立大学と関西大学はぼちぼち引退の形ですし、まあこれは少ないのではと思ってしまう。ただ他の中国学がどうかはわからんですけど、個人的には文学や歴史、そして儒教系よりも少ないわけです。そもそも入会者がいない・・・・。
今年度母校で非常勤を一コマやらせてもらえる機会を得ました。そこで僕は少しでも面白おかしく道教のことを説明したつもりです。また機会があればもう少し面白おかしくしたいと考えていますが。
どこの分野も、特に人文系は冷ややかな目で見られていることは確かです。上の世代の指導方法等色々問題はあったのでしょう。しかし、自分の分野を後に伝えていくためには、ちゃんと畑を耕して、かつ花を咲かせる必要があります。もちろん一般書等で成果を伝えていくことも非常に大事です。定期的に中国との関係は残念なことになりますが、中国をテーマにした内容って結構日本では流行ることが多いです。このチャンスを逃さずに色々と自分の分野を広めていければ、と考えたりしています。
結局何が言いたいかって言うと、てめえの分野ではそう思うかもしれんが、こちとら必死なんじゃボケってことです。そんなこというなら一人でも博士号授与しろよ。政治のことばっか喋らずにさ。あんたの仕事は活動家ちゃうんやぞ。
2025年を振り返って
備忘録も兼ねて。
職場も変わり色々と大変でしたが充実していた一年だったと思います。
前期1月〜8月
1月〜3月は前のカスみたいな職場でほぼやる気はなかったと思います。
どうせもういなくなるし、みたいな感じで。やる事はやっていましたが。
それ以上のことはしてもなぁ、ここを助長させるのもどうかとおもいましたし。この前ちょっと内部事情を聞きましたが、変わらずカスですね。結局見て見ぬ振りすれば何とかなるわを繰り返していますね。もっと上層部が痛い目見ないと変わらんのやなと。
4月〜8月
ここからは職場も変わりダブルワークみたいになったのでまぁバタバタしてました。資料も前日とか直前ギリギリまで作ってたような感じです。ひと段落した時は開放感凄まじかった。
この時期中古マンションも買ったんですが、買ってよかったなと。時期的にも。
9月〜12月
まさかの追加業務発生でえぇ…(困惑)という感じ。時間感覚には慣れたんですが、色々と思うことも多数。身内にも色々あったので…。
学会で金沢行ったり、研究の刺激はたくさんありました。やっぱ色々やらねえとな、と。
来年の目標も書いておきます。
・放りっぱなしにしてる2本の論文を完成させる
・漢文の練習を再開しないといけない
・悟真篇で研究発表したいなぁ、論文も書きたいところ
・中国語とその他外国語の勉強を再開しないまずい
来年も頑張ります。
仕事クビ☆
本日付で仕事クビになりました☆
まあ色々ありました。不本意な退職です。具体的な理由も納得できないものなので。
とりあえず別のところにぐちは書き散らしたのですが、ここでも色々書きます。
特に元職場と同業で働いてみたいという人に向けてです。
僕が働いていたのは大学でした。教員ではなく職員です。
場所や規模は言いません。なぜなら直ぐバレるからです。規模とか学生構成、教員構成や学部構成言ったら直ぐバレるので。それぐらい小さい業界です。なお宮崎のあそこではないです。マジです。
こんなこと言っておきながら、規模は言います。大規模ではないです。
この業界目指す人には、周辺環境、待遇及び学生構成や事務局配置はまじで見ておいたほうが良いです。
待遇は超大事。なぜならうちが微妙だったから。ド田舎の中小よりひどいかも。
ただ勤務時間とかはホワイトでした。時間になったらほとんどの人が帰るので。休日出ても休みはつくし。場所によっては謎ルールあるかもですが。
入らないと分からないかもですが、昇給とかの仕組みがいまいちなら別のとこ探しましょう。
入る前なら情報集めましょう。ざんねんなところ入ったら永遠にイライラするだけです。
周辺環境はあまりに無いと飽きます。せめて少しのモールとか飲食店あったほうが絶対いい。なぜなら休みの時期に食堂が閉まる場合があるから。あとコンビニ飯などばっかだと飽きるから。特に食堂閉まるともう最悪。毎朝なにか買っていく必要があります。ふざけんな。
学生構成もできるだけ調べましょう。特に充足率。最近文科省が厳しくなってきてるし、充足率がよろしくないってことは、学生集めに苦労しているってことです。学部が複数あっても充足率よろしくない場合があるので、認証評価書類など見まくってヤバそうなところを確認しましょう。
ニュースでもいろんな大学が身売りだとかやってる世の中になってきました。大学業界は超超レッドオーシャンです。その点かなり考えてください。どこなら潰れないかはよく考えたほうが良いです。
あと充足率のために留学生を多めに入れ始めると連絡がうまく行かない例が多くなると聞きます。その点も見ておきましょう。
事務局ですが、まあうちがそうだったんですが、事務局同士が離れてるとめんどくさいことがおきます。学部学科の運営で離れてるならマシでしょうが、機能で離れてたら最悪です。互いにいがみ合ってめちゃくちゃです。うちがそうだったので。何回も言います。
酒飲みながら書き散らしました。
4月からの仕事は決まっているので、残りの日数のんびりします。
よほどのことがない限り今後行くことはないでしょう。
ただ一部の学生に会いに行くのは良いかも。学生に罪はない。クソなのは組織や。
沖縄久高島のイザイホー、イラブーを見てきました

大阪シネ・ヌーヴォにて公開されているイザイホー、イラブーを見てきました。
イザイホーは沖縄に興味のある人には有名な、現在は途絶えてしまっている久高島の祭祀です。多くの研究成果もあり、岡本太郎でも有名になっています。
1978年に記録された映画で、まだ久高島が賑やかだった当時を思わせる様子が随所に残っていました。DVDも買えるようなので、近々購入します。
私自身も久高島は2015年に一度行ったことがあります。小さな島ですぐに一周できました。神々の島、と言っておりすべてが神聖な場所です。
当時どっかでお話聞いておけばよかったな。
そのような点を踏まえて、記録映画としては素晴らしいものです。謳われるものも、どのような過程を経て祭りが続くのか、という点が改めて理解できました。
途絶えた原因は色々ありますが、ユタが亡くなってしまったと。
どこかの話で無理な取材をしたせいで、ユタが亡くなったとか。
それは置いておいてこのような祭祀は現在どこも存続の危機であることは言うまでもないでしょう。
ナレーションの中で何度も「共同体」という言葉が出てきていましたが、当時のような強い共同体が残っているところが果たしてどれぐらいあるでしょうか。残っていても人口や担い手の問題もあります。
この記録は、イザイホーを後世に伝える、という意味もあるでしょうが、果たしてどうなるのでしょう。私の意見としては、このまま復活はできないままになるのでは、と思ってしまいます。
イザイホーは久高島の共同体維持のためだけでなく、古くは琉球神道・王国の重要な祭祀でした。そのようなものが消えつつある世の中で、果たして復活させることができるのか、と思ってしまいます。かなり制約が厳しい祭祀でもあるので。
もちろん復活した暁には寄付などをしたいと思います。ただし、それが果たしてこの記録に残っているようなイザイホーになるのか。おそらくならないでしょう。伝えるユタが亡くなってしまっていることから、見様見真似の形になることは否めないです。
イザイホーが過去を伝える映像であるならば、イラブーは未来を見据えた記録でした。久高島の特産であるイラブーの燻製が、どのように作られ、現在も利用されているのか、どのように守ったのかを伝えています。これは商品として価値があるからこそできたのでしょう。食文化として発信していけば、残り続けるのでしょう。
この映像の中で、「現代に合わせて」とイラブー捕りの方が言っていました。先程のイザイホーが果たして現代に合わせれば復活していたのでしょうか。
もし、ユタが存命で、1978年以降もイザイホーが続いていた場合、果たしてどうなっていたのでしょうか。見世物のようになっていたのか、それとも小さな祭祀としてほそぼそと続いていたのでしょうか。長く続いているおまつりは、経済面の影響もあります。式年遷宮は巨大なマネーが動く祭りであり、規模も大きいため続いてきています。
久高島という、小さな島で、共同体のため、祭祀としての伝統のため、という使命感だけで、果たして続けることができたのでしょうか。
そのようなことを考えてしまいました。
退職エントリーを書きてえ
数年ぶりの更新。
タイトルは今の気持ちそのまま。
勤務先への異常なまでの不満が爆発しそう。
とっとと退職せねば。
面白さとは何ぞや?
こんにちは。
留学の渡航の延期が正式に決まり、少しおセンチになっています。
身の振り方を考えなければいけませんね。
ところで少し前、中国学系の人たちがTwitterで中国学の志願者が少ない、という事を言ってました。
思い返してみると、僕の場合も確かに同じだな、と。
学部は国文学科に所属してましたが、その時も漢文ゼミは少なかったですね。
僕含めて5人だったかな。ほぼ最少人数でしたね。
一緒に入った友達からはお前がいなかったら別のゼミに行ってたと言われたので、もしかしからもっと少なかったのかもしれません。
上の台にいたっては3人でしたね。下の台は色々事情もあったので人数は多かったのですが、その次の代はやっぱり少なかったと聞いてます。
別の学科も同じみたいです。やっぱり中国学、ひいてはアジア学を途中から選ぶとなると少ないのですかね?
ただ、非常勤をやってた頃は韓国系が好きなのはちょこちょこいましたからアジア学というとやっぱ語弊がありますね。中国学に限定したほうがいいのかも。
思い返せば、落ちた大学院入試も確かに人はいなかったですね。3人受けて僕だけが落ちた試験でしたけど。聞けばその大学院もほとんどが留学生で日本人は少ないみたいです。
いうて今の所属先も同じですね。横の中文も全く同じ状況みたいです。
うちの師匠は本の中で、「中国学の面白さを若い人に知ってもらわないと」とおっしゃっていました。たしかに面白さを伝えることは重要だと思います。
むしろ面白さを伝えるというよりも、アジアに対して注目してもらわないと、というのは僕自身思っています。例えば今回のコロナ騒ぎも結局アジア諸国はそこまで被害を受けていません。なぜなのか?そこは生活習慣や文化を知らないと説明できないと思います。
僕自身、高校の頃は中国学をやってみたいとは全く思っていなかったです。
ただ改めて考えると、日本に住んでいる以上、アジアを意識せざるを得ません。アメリカやヨーロッパに憧れを抱くのは当然かも知れませんが、やはり身近な国のことは知っておく必要があると思っています。
僕が専門としているのは中国宗教思想ですが、この面白さどうやったら伝わるのかとは少し思いますね。下手したら中国哲学以上に難しいかもしれません。
文学や歴史は色々と触れやすいですが、思想とかになってくるとこれまた難しいですね。
まだまだ先ですが、その面白さをどうやって伝えるかを考えなければいけませんね。