caffeine-de-diary’s blog

趣味のあれこれについてつぶやきます

人文系院生が思う業界の現状その2

 前回の続きです。

前回は「高学歴ワーキングプア」は別に今になって言われることではなく、昔から言われていたことが表面化している、ということを書きました。確かに放り出されるわけですが、さてどうするか、というのを考えておかねばなぁと書きながら思っていた次第です。

 

前回も触れましたが、今回は僕が所属している日本道教学会の現状とこの分野の現状についてお話したいと思います。

 

1.日本道教学会について

 日本道教学会は1950年に設立された日本の学会です。当時の研究書を見ていると「道教」というカテゴリよりもむしろ仏教、歴史といった側面からの研究をしていた感じですね。そうではなくて、ちゃんと「道教」という対象を研究しようではないか、といった考えから設立されました。すごくざっくりいうとこんな感じです。年2回『東方宗教』という雑誌を刊行してます(投稿したけど連絡来ないけどネ!!!!)。あとは年1回の大会を開いてます。

 

2.現在の理事の方々について

 今は筑波大学の先生が会長を務められています。では、理事の方々の所属はどうなっているのでしょうか。最新版ではなくて申し訳ないのですが、1つ前の役員表を見てみましょう。

名誉理事の方々は主に定年退職された方々で構成されています。僕からすれば実績もあ方々が綺羅星のように並んでいます。

次に理事の方々です。主に現役で大学に所属している方々ですね。監事以下も同じです。

ここで問題にしたいのは、理事以下の方々がどのような所属になっているのか、ということです。大学の雇用は大きく2つに分かれます。常勤と非常勤です。常勤のほうはテニュアとも言いますが。言ってしまえば正社員か非正社員みたいなものです。

名前で調べるとだいたい3分の1がテニュアの方々、あとは非常勤及び名誉教授の方々ですね。

評議員の方お二人はテニュアです。35名いる評議委員方々ですとそこまで非常勤は多くないですね。

 

3.では、院を持っている先生はどれぐらいいるのか?

ここからですね。理事を務めていらっしゃる方は現在次の世代を担う研究者を、一応養成できる立場にいるのでしょうか。つまり博士号を授与できるか、ということですね。見てみると15人もいない状態です。こりゃあかんのでは?

これを見ていると理事の方々ですら先細りという形です。なんでこういう事が起きたのでしょうか。

 

4.道教、ひいては中国哲学の就職事情

昔から言われていたのですが、中国哲学の就職については大きく2つのパターンがあります。

 

一つ目:そのまま中国哲学の専門として就職。今ならば東洋文化アジア文化で学部

    大学院を持つ。

二つ目:中国語の教員、中国文学の教員、教育学部の漢文・社会の教員として就職。

    実を言えばこちらのほうが多いかもしれません。

 

一つ目はこれは非常に幸運な方ですね。今の師匠もこのパターンです。ある程度規模の大きい大学で文学部を持っているならば、この形は多いと思います。旧帝も同じですね。国立はいくつか改変されていますが、似たような形です。

二つ目も今の業界を見ると幸運なのですが、専門とは異なる分野で就職される方です。前の師匠がこのタイプでした。漢文学を教えておられます。

この就職パターンがあるために、院を持てない方がいらっしゃいます。実績も申し分ないのだけども、大学行政上無理という形です。院で講義はするけども、博士号の授与資格が無いという形になってしまいます。今の状態を見ていると今後も続くでしょうし、何なら別にこの分野の人じゃなくてもいいやってなるので、虫の息になるでしょう。

 

5.上の人たちはどう思っているのか

このような現状で、上の方々はどう思っているのか。それについては一〇年ほど前の論文なのですが、現在台湾大学に勤務されている佐藤将之先生が以下の論文を書かれています。

ir.library.osaka-u.ac.jp

この中で佐藤先生は上の世代は何もしていないと一喝されています。本人曰くそのせいで敵を作りまくったとのことですが。

更に今後の日本の人文学の現状を見て、改善されることはないだろうとも言われています。今四〇後半の方々が引退する頃には日本で中哲を行える環境は無い、とも言われます。

また若手の意識についても強く言われています。つまり

・海外にも目を向けろ

・学会運営などのコミュニケーション能力を高めろ

・語学を伸ばせ

ということです。この文章の中でフリーターの精神を大学院生と同じといわれていますが、まさしくそのとおりだと思います。

うちの研究科は留学生が多いのですが、なぜかすぐに就職が決まります。それは中国で探しているからなのですね。だいたいが日本語の教員として入っています。僕自身もそれを強く認識していて中国語の勉強を続けています。今後はまだまだ中国でなら就職のチャンスは十分ある、と佐藤先生と以前お話した時に言われました。言うならば泥舟から以下に脱出する方法を考えるか、ということなのでしょう。

 

6.終わりに

現在日本の人文学は虫の息ともいえます。実学実学という旗印のもともはや研究すらできない、という声もあります。以前あった山梨学院大のニュースはまさしくそれでしょう。

gendai.ismedia.jp

そうならばこのような泥舟から逃げ出すことを考えるべきなのでしょう。

僕は幸いにも来年から留学へ行く機会を得ました。その機会を使って外で就職先を探そうと思います。そりゃ沖縄に都合よくポストがあけば喜んで行きますが。

うちのゼミの先輩も40ぐらいでようやく専任になれた方もいます。このまま日本だけで考えるのはもったいないのではと思います。